2012/05/02

福澤諭吉に学ぶイノベーションのはじまり方:トップダウンとボトムアップ


どっちのほうがいいか?
  • 経営陣によるトップダウン式のイノベーション
  • 現場社員によるボトムアップ式のイノベーション
「どっちでもなくて中間から起こるよね」と思える箇所を、福澤諭吉『学問のすすめ』の中から発見。
「国の文明というのは、上の方、政府から起こるべきものではなく、下の方、人民から生まれるものでもない。必ずその中間から興って、庶民に向かうべきところを示し、政府と並び立ってはじめて成功を期待すべきものなのだ
(※下線は柏野:福澤諭吉『現代語訳学問のすすめ』齋藤孝訳, 2009, p.71)
『現代語訳学問のすすめ』

文脈としては「国の文明」なのだけど、文明って超おおがかりな社会イノベーションだと思っている。

で、中間にいるのは「学者」。ゆきちは本のなかでアダム・スミスやワットをあげている。単位が国じゃなくて企業だったら「中間」の人は研究開発職の人になりそう。

ふとミドル・ディフュージョン(中間発散)という造語が思い浮かんだ。知力で世の中を指揮する中間層が工夫して誕生したイノベーション。トップはイノベーションを承認して正統性を与える。ボトムは実際にイノベーションを日々の生活で利用する。
「文明を行うのは、民間の人民であり、それを保護するのが政府である」(Ibid, p.72)
これからの時代は誰もが知力を発揮することが前提の社会になる。トップクラスの学者が「普段どうやって物事を考えているか」について、もっと気軽に学べたらいい。イノベーションが少し身近になる。